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グリットを鍛える「好きなスポーツ選手 を上げて その選手があなたにとって際立って見えるのはどんな特徴があるからか」

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 あいも変わらず意志力を鍛えようという意思が足りない。 さて、難しい課題だ。そもそもスポーツに明るくない。スポーツものの映画とかなら人となりもわかるけども、実際のスポーツ選手と言ってもピンとこない。 ドキュメンタリーを見ていたら、少しは分かるけど。 思い出したのは、ステファン・ホルム。走り高跳びの選手。身長が180程度。他の選手は軒並み200付近にもかかわらず、20センチほど低い身長で、世界選手権に名を連ねている。 ただこれも、才能ではなく努力というイメージを映像化しているに過ぎず、結局は、総合的な意味では資質があるということにも思えるのだ。 見方が間違ってるね。今の私に必要なのは、努力によって与えられた才能を上回ることができるという幻想だ。それに実があるかは問題ではない。宗教的な信心によって、努力に掛け金を乗せていくとう決断の後押しをしてもらわねばならない。そのために、自分を信じ、信じることを信じるために、いい話を信じていくわけだ。 ってことで、ステファン・ホルム選手をみていたらー、努力をすればー、必ず身になることがわかったのでー、私も頑張ろうと思いましたー 的な感じがいい思考だよねきっと。

自分の感性を持ち寄れないと、感動までは達せないかな『クライマックス』

感覚で楽しむ映画を楽しめるほどの情緒を持ち合わせてはいない。 高評価されている作品を貶したいのではなく、それがわからぬ自身の感受性についてちょっと考えていみたいと思います。 さて、本作はダンサーたちがパーティーをしていたら、飲み物にドラッグが混ざっていたようで、ハイになったり混乱をきたしたりで徐々にカオスになっていくスリラー。 で、ダンサーたちの体技とか、長回しのシークエンスとか、客観的な見せ場は多数あるので退屈はしません。 しかし、集中すべき物語はあまりないというか、日常会話から見えてる人となりくらいで、人物たちの抱える問題とか、乗り越えるべき葛藤とかは示されません。そのため修羅場を過ぎたあと何が残ったのかは想像に任されているように感じました。 肌感覚で、人物たちの闇と共感して、それの開放を味わえたら、よりより鑑賞体験になるのかな。 でも私にはそういった情緒を持ち寄ることは出来ず、全てを映画に提供してほしいと思っている帰来があるので、なにか物足りない印象を受ける。 たとえば、シングルマザーの子供と、主役女性の過去を重ね合わせてトラウマを乗り越えるとかね。 手垢まみれで、そのうち形を成して鬼退治でも行きそうなレベルですけども。 それくらいべたな話がないと、自分の感情を乗せていくことが出来なかったりもするんです。 冥土への一里を踏んでいくばかりで、ろくに人生経験がないとそんな人間が出来上がったりするもんですよ。 さあ、ディズニー製作の映画でも見ましょうかね。  https://amzn.to/3oZpb7z

グリットを鍛える「歴史上の偉大な人物の名前を書いて その人が具体的に何をしたのか どんなやり方でそれをやり通したのかを書いてみよう」

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 ・歴史上の偉大な人物の名前を書いて その人が具体的に何をしたのか どんなやり方でそれをやり通したのかを書いてみよう さて、正直面倒くさいが、向かい合っていかなくては。 ようは、偉大な人物の小さなステップを自分に応用できないかと探るわけだ。 で、誰にしようかな。 思い浮かべると、そういう人だったからで済みそうな気もする。 アインシュタインとか、スティーブン・スピルバーグとか、ADHD気味でも、その一つの特徴である。過集中が幸いして、大成したなんて話も多い。 大抵のビジネス書がパクっている、7つの引き寄せるシークレットでも書かれている。結局には、一言一行、日々の行動が積み重なり、あらゆることが、なされていく。晩成の代表みたいに言われる、カーネル・サンダースだって、それまでの才覚ゼロだったとしたら、バイトの提案してくれたレシピが大金を生むなんて気づきもしなかったろう。 元に、マクドナルド兄弟は、自分たちの作り上げたものにそれほどの勝ちがあるかなんて気づかなかったわけだし。 で、私の場合はどうだろうか。もちろん偉人と比較するほどのことは何一つなしていないが、路傍の石よりかは何かをなしている。しかしそれを全うに評価せず、糧ともせず、大きな成功を夢想するばかり。成長しない者の特徴を煮しめたような人生だ。 では今日からは、どうすべきか。 なにかを着実に積み重ねて行かなくてはならない。 それは、今書いている駄文の、継続日数ではなく、この中の一行であるとか、価値あるものをクリティカルに取捨選択し、実に結びつけて行かなくては。 でもねえ、わかっていても性格なんだよなあ、これ。

謎日課、たとえ力を鍛える「このましい」

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 ゴミ出しの時間を守れる 図書館の返却期限を守れる 店員さんにも敬語 いただきますと言わないまでも手を合わせる 子供の前では赤信号を渡らない オフのときのキアヌ・リーブスくらい 道徳の教科書にのるエピソードくらい 小動物に優しい 例えになってない感じが強い。赤信号なんて普段どうしてるんだって、あれな性格が透けて見える。コモンセンスとは実に難しい。本当に好ましい事柄には、いけすかないという印象を持っているやつだとにじみ出ているような

謎日課、たとえ力を鍛える「快い」

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鹿威しの音 段差にたいする注意書き かゆいところに手が届くアップデート 切り口の美しいサランラップ 分別のしやすいペットボトルのフィルム シールはがし 目覚まし時計がなる前の目覚め 時間ではなく、腹時計で食事を摂る たとえじゃなくて、普通に良かった探しみたいな感じ。まあそれを転用するればいいのだけども。 こういったものは、生活経済圏が見えてくるねえ。できれば、想像でもいいから、富裕層にもリートの届く話題がほしいところだ。 ほら、あれ、トリュフのかけ過ぎは粋じゃない、みたいな

『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』実例で学ぶ、ライターのかさ増し、底上げ入門書。

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 はじめに、雑魚の言うことです。 『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』を読んだ。 それなりに役立つこともある。それなりの本。 しかし一番の特徴は、その分厚さ、デカさ。 中身は新書一冊に収まるレベルなのに、世間話と自慢話、フィーリングでの方法論。いかにもライターライターしたかさ増しの目立つ本。 文章で説明したことがらを、無題に図に示したり、しっかりと小学生の読書感想文メソッドをオトナの仕事に昇華している。 おそらくだが、大きいものに価値を見出す心理的効果をねらったか、書店で目立つ作なのか。とにかく無駄に本に厚み(物理的に)持たせようとしている。 重ね重ね。内容は全くの無駄ということはない。けれども無駄な部分に底上げノウハウが詰まっていて、そこに気づくと不快感を覚える。 しかし、現代のライターの一番の仕事とはこれ。全く新味のない話を、自分だけのアイディアのごとく堂々と話す。その実践としては素晴らしい。現に売れているのでそこも参考になるところだろう。 文庫レベルに圧縮してくれたら普通に有用

謎日課、たとえ力を鍛える「びちゃびちゃ」

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 なんでこんなの出たんだろうか。でもやる プロムのときのキャリーみたいに 目覚めたばっかりのネオみたいに シャンプーまみれのオーランド・ジョーンズみたいに あれほど畑の様子を見に行っちゃだめと止めたおじいちゃんの最後の顔みたいに 上階の風呂場からの水漏れ、そうもう水を止める人がいなくなったのだ。 日本かぶれのアメリカ人の食べる寿司の醤油くらい 食事を作った母に敬意もなく、父の使う調味料くらい たとえの狭さによって、むしろ共感が生まれたりもするもので、でも プロムのときのキャリーと書くべきか、豚の血をを浴びたシシー・スペイセクというべきか、そこには正解はないよなー。