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4月, 2021の投稿を表示しています

『ナッジで、人を動かす 』凡人には不要なり

 どうも、相変わらず愚図です。 っというわけで、ちゃんと動ける人間になれるよう読書に励んでいるわけです。 でね、『ナッジで、人を動かす 』ですよ。 ナッジというのは、「ちょっとこづく」というような意味で、そこから人の行動を促すという用語らしいです。周辺の環境を整備することで、人に望ましい行動をさせる。 これを勉強すれば、自宅の環境、在宅仕事のスペースを構築すればグズが治るかもしれない。 まず結論。あんま関係なかった。 そもそもナッジという考え方自体が、環境問題であったり、社会政策に関する広範な問題の解決のための用語であって、個人の行動というより、大衆を望ましい方向に導くための学問らしいのです。 たとえば保険加入の書類において、「加入するときはチェック」「加入しないときはチェック」どちらをデフォルトにしておくことで人を誘導するかというそういった話で。 つまるところ、私個人を助けるには規模が大きすぎるぞこれって。 まあ豆知識レベルでは、そういったデフォルトルールとかがいろんな局面で利用されたり。逆に誘導されることに反発を覚える人たちも一定層いるのだとか。面白くは読めました。 役に立たないけどね。 https://amzn.to/3xGL13g

『地球移動作戦』読了。

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 特に目的もない備忘録的な感想文章でござい。 さて、『プロジェクトぴあの』が面白かったのでこちらも読んでみた。 本書のほうが、先に書かれた、時系列的には次の作品というねじれがあります。 本書のなかでも、偉大なるマッドサイエンティスト結城ぴあのの名前は言及されるのですが、とくにテーマ的に絡んだりもしてきません。 時代が進んでいるので、いろいろと、新しいSFガジェットが出てきますが、どうにも『プラスチックの恋人』を先に読んでしまっていると、目新しさはない。 そのかわりに、超巨大惑星接近の危機を回避すべく、地球を移動させるという壮大な展開が待っています。 まっているのだけど、どっちかっていうとその展開が実際はじまるまえの、危機が迫ってくる中、さまざまな案が出されたり、宗教の変遷があったりと、前段階のほうが面白かったってのが正直なところ。 それらのゴタゴタがある上巻のほうが抜群におもしろく、下巻の方は、アクションスペクタクルシーンが多めで、話に広がりはなかったかなーという感じ。 もちろん全体通して満足感は高かったけど それにしても、文庫版のパットしない表紙イラストはなんだかなー

記事数っていうのも大事ではあるらしいのですよ。

やる気もビジョンも空中分解しております。いろいろと体調とかを言い訳にできるかもしれませんが、単純に怠惰な性根が前面にでているわけでして。 さて、人は、なにか行動に移すとき、「決定する」のが最大の手間だと感じるそうです。何をするにしても、やろうか迷っていたことをいまやろうなどと、想起したとき、やめたくなってしまうと。 ということで、なにも決定せず、日課のように作業に移れれうことが何よりも重要なのです。 特に、朝。脳みそもいい具合に寝かされて、活力が一番湧く時間帯です。そんな折に、なにかやろうか、あれをやっておこうか、どうしよう、などと、決定に思考を割くのはもったいない。 日常として、朝の作業は決めておく、前日の夜なにに打ち込むか決定しておくと、スムースに作業に取りかかれるし、逡巡する時間のロスもなくなるぞと。 いやーでも、そもそも前日の決定ということにちょいと腰が重くなるというものです。 長年根を張ったクズはマントルまで到達して、私の行動を阻むのです。 なんてね。そういった思考に立ち戻ってしまうのも、人の常というか、やめるための言い訳は最速で見つけるのが脳の得意なことだそうです。 ってわけで、前日から考えていたこと。 文章に取り掛かって、いろいろと表現力を磨く時間を取りたいなと。 ってことで、毎日500文字程度、軽めの文章を書いて、どこかにユーモアの押し売りを仕込んで発想力を磨きましょうと、思っているわけです。 でね。いま文章を書いているのですが、これ、どうにも、文字数表示がされないアプリを使っているものだから、どの程度進んでいて、どの程度停滞しているのかまるでわかっちゃいません。そういった思考もまた私の後ろ髪を引っ張り引きちぎらんばかりなのですが、いろいりおと環境を整える問うのも大事ですね。 ベトナム戦争時、米兵の間でヘロイン中毒が深刻化したってあと、戦争が終わって帰国した兵士たちは、9割以上が依存症から脱せたらしいです。というのも、特別な環境下で依存症になっても、環境がガラリと変わればもとに戻ることは難しいことではないそうなんですよ。 それよりも、大怪我したあとに処方された痛み止めから薬物依存になるなど、日常から手を出してしまうと、なかなか抜け出せない。そう、環境から抜け出さないと、人は容易には変わらんのです。 ちょっと話題がぶちとんだ感じもありますが、喋りのとき

保存性のない駄文を発掘して貼る。

おはよう御座います。なるべく、朝に文章を書こうと思っておりまして、朝日を眺めて、紫外線を浴び覚醒を促してから、キーボードに向かっておりますが、そうそうに書くことなど思い浮かびませぬ。 先に行ったとおり、行動に移す前に予め内容を決めておいたほうが、スムースに作業に取り書かれるのですが、それを怠っていると、手が進まなくなってしまう。 というわけで、今回は、それの解決策を考えたいと思うのです。 で解決策。 何も浮かばなかったときのネタを予め設定しておく、付箋紙にネタを書き留めてストックしておいたり、ネタ早期のためのツールを使ったり。たしかランダムにアイディアを表示する英語サイトがあった気がするのだけど失念してしまい、なんと検索すれば出てくるかもわからない。 ってことで、ネタを貯めておきましょ。 あと文字数について、これはちょっとアウトラインプロセッサの試行錯誤も必要ですが、あまり考えずに、画面いっぱいということにしましょうかね。これは後々作っていきましょう。 でこれでは画面半分にも満たないのでなにか考えなくては、 今旬の話題といえば、テネット公開ですね。 以前は、外出に抵抗感もなく、話題の映画にはいそいそと足を運んでいたものでございますが、最近はめっきりその食指もバッキバキの折れているところでして。 ノーラン監督のSF、インターステラーはすこし眠気を覚えましたが、インセプションが大好きなので、期待はしているのですが、映画そのものというよりも、実生活のあれこれがままならぬゆえ、劇場から足が遠のいているところです。 You Tubeでの活動低下もあって、お気づきの方もいらっしゃるでしょうか、最近モチベーションがぶっ壊れていて、時間があればあるだけ寝てたりします。いろいろと素材集めをしても動画作りに着手できず。 自分の能力不足が能力の発揮の足を引っ張っている。これは本当に無意味なことで、千里の道も一歩から、一歩目を踏み出さぬことには体力もつかない。それは承知之助ですけれども、あーもう寝たいです。 さて、このあとちゃんと活動できるのか。 いや、そもそもそれを疑問として提示すること自体が問題らしいですよ。行動するぞーってイメージができていないと、たいていは行動できないぞと。 やるぞー、うん、やる。 

来宮駅乗車拒否、意図的説の一考。

正直言ってオモシロ案件として見ているので、真面目な話でもないし、どっちの立場だとか、情報の正確性は二の次で 意図的だとした場合の、計画の大枠を考えてみたいと思ったのです。 まず 来宮駅でエレベーター設置工事の予定があるという情報得て、計画の立案に入ります。 決行はもちろん工事の前でなくてはなならない。 そうなると、コロナの自粛ムードといえども、うかうかと先延ばしにはできない。 緊急事態宣言も空けて、観光産業の経済的打撃も叫ばれるタイミングで実行に移る。 ブログでの導入部、本来はハワイ旅行の予定だったけど、そこまで常識外れではありません、予防線をはりつつ来宮神社という近場を選んだというアピールと符合する。 そして、ここは感心するポイント。ホテルとレストランの予約をとっているところ。 たとえば予約無しで行った場合を考えると、駅員に問い合わせて、来宮駅で下車できないのに、わざわざ駅に行くのではわざとらしすぎる。 なぜ、駅まで行ったのかの、心理的理由を後押しするためなのではなかろうか。 もう予約はとっているのに、行きたかったのに。キャンセル料なぞ発生したときには、実損としてのダメージもアピールできて一挙両得。 ブログの文面も考えていたことでしょう。 階段を降りれず呆然とする様子を写真に取り、キャプションでこんな段差で、家族のだんらんを妨げられるとは、まだまだこの国課題は山積みであると。 そう偏見を持って想像すると。実際の行動の謎への回答に思える。 小田原駅にて、当初の考えが全うできないと知っていながら、なぜ熱海駅へと向かったのか? 先述のように、阻まれた私という図を写真に収めるのが真の目的、もちろん残念な様子の子どもたちも背景を彩るとちょうどよい。 しかし、周到な作戦に最大の誤算が。 ちゃんと対応できないという確認を得て、作成成功を確信しながら熱海駅で下車すると、駅長が待ち構えていた。 来宮駅まで同行して、階段を降りる介助をする4人を率いてである。 駅長が有名人相手と知ってか知らずかはさておき、炎上の時代であるさっこん、どのような火種も最小限にしておきたいという、いち企業人としての選択であったかもしれない。しかし、実際人の行動によって。 作戦が阻まれ、いや、要望が叶えられてしまた。 作戦はそこそこ行き届いているように思えたが、一番の失策は。 下車ができたのにも関わらず、メデ

超実写版ライオンキングって、ベジタリアンの妄想みたいだ

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 旬な話題なんて持ち合わせていない。 だからライオンキングの話だよ。 これがあんまり評判は良くないのは知っていましたが、超リアルな動物がミュージカルをやる不自然さが珍味として重宝されているというのを耳にして見てみました。 珍品だねこれ。 ってことで評価はそれくらいなのですが もう一点設定上の面白さも出てきたなと思うのです。 もとのアニメとさほど大きく変わったものではありませんが、実写よりになることでもともとあった違和感が拡大されたなかと。 どんなところか。 ムファサ率いる、王国の設定。 ・草食動物も、肉食動物も、同じコミュニティに属するらしい。 ・しかし、肉食動物は食生活を改めるわけではなく、ちゃんと肉を食う。 ・王に従うものは食べてはいけない。 外部のものなら食べてよし、ってことで肉食が成り立っているご様子。 怖っ 言葉の通じるモノ同士で食うか食われるかをやっているし、草食動物はコミュニティーに属さない同種は食べられてもしかたがないと達観しないとやっていけない。 明らかに草食に強いる精神的負荷が高いにも関わらず、ムファサは尊敬を集め、平等な王みたいな捉え方をされている。 しかも、それが言うことには、食物連鎖は、生命の営みとして輪をなしている。肉食動物もまた死して大地へ還り命は巡る、サークル・オブ・ライフ ってね。 人間もしがちな思考ですが、肉食という結論のもとにに練り上げて美辞麗句をさも真理かのようにのたまう。 それだのに、なんか肉食動物も草食動物も分け隔てなく平等だみたいな雰囲気を保っているのが、どうにもベジタリアンの頭の中だけに存在するお花畑サバンナを眺めているようなグロテスクさを覚えるのですよ。 っていうのもほとんど、アニメからですが、アニメに合ったファンタジーの柔軟性が実写よりで失われ、奇っ怪な設定が浮き彫りになった感じ。 こんだけ特異なものが見れたんだからおすすめ映画ですよこれ。楽しくはないです。

手段と目的の一考

 しっかりとした目的がなければ何事をも成せない。 そうは思いますが、いまは、目的がまったくないまま、何かの糧にならんかと日々をもがいている最中であります。 そのため、ブロクの題材などもはっきりとは浮かばず、なんとなくその都度思ったことをぽっと書き始めるばかり。 そんなところで手段と目的とがぼんやり混ざり合っていく。そもそもブログを書き始めたのも、Youtube動画の原稿を久々に書くリハビリみたいなもので書き始めたわけではありますが、結局の所、こんなと頃で関係のないぼやきを書きすすめるのではなく、ちゃんと動画のネタ文章を書きすすめときゃあいいじゃないかと。 これはこれで、なぜ逃げているのかしっかりと考察して今後の課題としておきたいのだが。 さて話が言ったり来たりしますが、まああれですよ。結局何をしていいかわからず。でも何もしないのも不安すぎて震えるってところです。 で本日の結論は、ぼんやりブログをするのもいいけど、せめて一記事内では着地点を設定しておかないと、文章力の訓練にもならないし、おもしろワードも浮かんでこない。アドリブといえば聞こえはいいが、目的地がわからんのだからテキトーにさまよってるだけだ。 で、次回は反省を活かせるのだろうか。ではまた。

瞑想生活2日目。脳波計Museの話。

あいも変わらず、瞑想というよりぼんやりしている時間を過ごしております。 さて、瞑想初心者が一番思い浮かぶ雑念といえば、 めーそーってこれで合ってるのかいな ってところだと思うのです。 かくいう私も、未だにその疑念が拭えず、呼吸に集中しようとすればするほど、そもそも呼吸が正しくできているのだろうか、それにともなって集中状態へと入っていけているのか、もう落ち着きよりも、自己懐疑の割合のほうが多く、どうにも瞑想効果は得られていないようにも感じられます。 ってことで、一番たよれる。正解を教えてくれる文明の利器に頼ることにしました。 言わずとしれた、家庭用の脳波計Museです。 発売されてからそこそこに時間が立っていますし、評価も高く信頼はできると思います。 しかし、お値段が3万円ほどになります。いやはや、毎日塩をふりかけただけのパスタでしのいでいる私にはとうてい手の出る代物ではございません。 ってことで、レンタルしてみました。2週間で4千円くらい。まあそこそこ高いですけど、訪問販売と同じで、3万円という値段が念頭にあると、安く感じられます。 で早速使ってみての感想ですが めんどくせ 結構手間がかかる物品でした。 まず、装着、電気信号を読み取るために、ある程度の湿り気が必要で、肌が乾燥しているとちゃんと反応してくれない。ガーゼで本体や、額を濡らしておく必要があります。 そして毎回チューニングが必要。ここで失敗すると、つけ直したり、濡らしが必要だったり、確認が必要です。 チューニングも、30秒ほどで終わったり、一分少々尺をとったりとまちまち。 この時点で、日々の日課に組み込むにはわずらわしく思います。 で本番。 これに関しては、満足行くものです。 集中状態に入ると、鳥の鳴き声で教えてくれる機能があるので、正解の状態をわかりやすく把握することができます。 ちゃんと機能しているか、試すためにいろんな状況で図ってみました。テキトーにYoutubeを見てたり、ゲームしたり、音楽を訊いたり、朗読してみたり。 ある程度の波はあるものの、煩雑な思考状態では集中にはなっておらず、ある程度落ち着いている状態で集中の反応が出ているので正確なものと思います。 結論としていえば、これは一度試して見る価値あり。 ただし、先の通りにチューニングの煩わしさがあるので、わざわざ買うほどのものかなとも思います。

瞑想生活1日目、という体で

瞑想やってますか。 毎日薄らぼんやり過ごしていて、つねに瞑想状態何じゃないかと思いながら生きている私ではございますが、そこそこに勉強してちゃんと始めようかと思っている次第です。 まあ、正確に言うと、すでに1月程度はやったりやらなかったりという状況なんですが、安定して記事がかける話題になるかもとやっているんですよ。 そう、見切り発車です。出立は安易に、歩みは着実にとも言いますし、 いま思いついたんですけども。 でね、一日15分程度はやってるのです。 一番ベターな、呼吸瞑想。ほかの雑念を考えないようにして、自分の呼吸のみに意識を向ける。雑多な想念にはすぐに気づいてすぐに呼吸への集中へと戻す。 って内容。 まー、進歩しないですね。15分中、できてるのは2,3分程度なんじゃああないのかと、サボりすぎてクビ間近のバイトっくらいに実働時間が少ないのですよ。 しかしね、ここで反省めいたものをするの自体が間違いらしくて、雑念が浮かんでいると気づく事自体が練習になるのだそうです。 でもね、ここまで戦績わるかったらゲームでもつづきやしないよ、と 悲しくなってきますね。 さて、自らの瞑想に満足する日はくるのやら。

日課化するにはどうすればいいのだろうね

 三日坊主になったことすら忘れるタイプです。 さて、そうなると何をどのように日課に固定すればよいのかもわかりません。リマインダーもただの環境音に成り下がる。 では、もうなにか脳の改造手術を受けるなどしないと、いっこうにこのサイクルは解決されようにない。 まあ、一節によると、こういった堕落した行動というのも、深層心理においてはそれを望んでいるからそのように固着するのだそうで 心底の部分でそうおもい表層で気づけないのであれば、もう手遅れじゃあないでしょうか。 でもね、小さなステップに満足感を覚えるのならば、牛歩の進みでなんとかなるってこともあるので、今日の無意味な駄文の中身はさておき、書いたということを自分で褒めて上げたいと思います。