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6月, 2021の投稿を表示しています

グリットを鍛える「コンフォートゾーンから出るタイミングとして今が適切だと思うのはなぜだろう」

 さて、意思を鍛えていきましょう。 そもそもは、なぜそうすべきかという大目標の設定が必要なのですが、それはちょっと手触りがつかめていない。英語が話せたら良いなと思いながら、一日数個のフレーズを暗記してはいるものの、具体的な目標にはつながらない。日本一の映画字幕翻訳家になって映画ファンから嫌われてやるみたいな目標はないわけで。  それで、そこに執着して停滞するよりかは、他の課題を思考していこうかなと思ったわけだ。完璧よりもまず前進を。  それで、なぜそれに取り掛からなくてはと思ったのか。 「コンフォートゾーンから出るタイミングとして今が適切だと思うのはなぜだろう」 単純な話、恐れからです。ある程度は私は今後の人生何者でもないのだという実感を得ているわけだが、かといってそれが心地よいかは別の話。一市井の人としての幸せを享受できればそれも幸せだろうが、私の不釣り合いに肥大化した自我はそれを許さない。人生は何事かを成すにはあまりに短く。なにごとも成さぬにはあまりに長い。そんな言葉も思いつくが、それが書かれたのは平均寿命がもっと短かったころの話だ。現代人は無駄にするくらい時間が余っている。そしてそれをわかっていて人生をすり減らすことに恐れている。なにかに挑戦して失敗するよりは、挑戦していたらなにかになれたという可能性を残して朽ちていくほうが精神衛生上好ましいこともある。 ただ今の私は、客観視し過ぎの作用によって、可能性を残して何もしないことで潰れていく可能性に思いを馳せてしまい。何かをせずにはイられないのだ。 というわけで、私は、無色透明な群衆の中でも存在感のない人間から脱したい。せめて、自分自身では色味を特定できるくらいの人となりを身に着けたいと思っている。 と、この質問に対して適切であったかはわからないが、ひとつの思索としては成り立っているのかなと思う。私は今の私のままでいるのを恐れている。だから今がその時だ。

グリットを鍛える「毎朝起きるのはなんのためか」

 ブログもなかなか続かず、意志薄弱に更に磨きがかかってるように思う。けれども、それを自認していないほど救いがない訳ではない。そこを唯一の希望とし、成長していけたらと思ったりもするのだ。  で、グリットに関する本を読む。ようは強固な意思というのは後発的に身につけることはできるのか。というような話。  まあ、本の内容的には、要所要所で自身を見つめ直して、目標に焦点を当てることによって、少しずつ前進していきましょうとうもので、堅実ながらまどろっこしい内容だった。  でもそれくらいしか残された人生やることはないのだからちょっと試してみたいと思ったわけで。  で、夢や目標、そして日々について思いを巡らせる必要がある訳だ。  「毎朝目覚めるのはなんのためか」  考えたこともない。仕事をするためなんて答えが浮かぶような環境には身を置いていないし、家族のためなんんて殊勝なことが言えるほど良好な人間関係を気づけていない。となると、もはや機械的に目覚めて朝食を摂るくらいしか理由がない。  そうなると、毎日はくすんでいき精神をどす黒く着色する以外の機能を持たない。例えば、楽しみにしている朝ドラみたいな軽いものでも良いから、しっかりした「目覚めの理由」を持たなくてはならない。  今、私がしていること、趣味というか、映画やドラマを見たりゲームをしたりとうのも、心から楽しむと言うより、あとは老いて朽ちる現実から目を逸らそうと覆いをしておる行為にしかなっていない。  やっていることを楽しんで、それに感謝することで生産的な行動へも結びつくだろうが、なにゆえ長年掘り進めてきたネガティブの轍はかんたんには修正できない。  本来は、なにか行動を促す考えを発露させる質問のはずがいつもの暗黒くだまきになってしまう。  多分手前の段階で、目標を設定し、それに前進していくために日々目覚めるという順序が足りないためであろう。  ということで、真人間になるのが目標だ。  具体性がまるでない。  取っ掛かりのない目標は、それだけでやる気を失わせるそうだから、ここも一考せねばなるまい。真人間とは何なのか、何ができたらそう認められるのか、具体的な人物は浮かんでいるか。  それはまたあした考えよう。

謎日課、たとえ力を鍛える「逃げまどう」

1.トミー・リー・ジョーンズに追われるハリソン・フォードのように 2.テスト前日に部屋掃除をするように 3.中身はわかりきっているのに督促状の入った封筒を開けないように 4.熱が出たとき必ずみる悪夢に登場する怪物から 5.逃れられない老いという現実から 6.灰色猫から逃げる茶鼠のように 7.督促状の山を燃やしてなかったコトにするように 8.墓参りには行かないことであのことはなかったかのように振る舞う 9.入居してから一度も掃除していない納戸から 10.故郷に帰らないことで、上京しても何にもならなかった現実から もはや例えじゃなくなってるけど、あたまの体操がてらだね。

何考えてっか分からない主人公『ツォツィ』

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こんにちは。みなさんは自分のことどれくらいわかってますか。 わたしはなんも分かりません。 ってことで『ツォツィ』 人種隔離政策が終わってしばらくしてのアフリカが舞台。貧困にあえぐ元ストリートチルドレンの主人公が盗みや強盗で暮らしていくさまを描く。 とかく映画で主人公が何考えてるかわからないっていうのは、欠点に数えられがち。 エンタメ作品では、動機づけや道筋ははっきりしてたほうがいい。けれど、本作は他者からは図り難い内面をそのまま写したようなお話。彼の内面を容易にはわからせないような映画でした。 でも、本作は混乱せず見やすい内容でした。というのも、彼自身も自分がなぜその行動をしているかわかっていないから。見ている側も彼の惑いを追体験するような感覚。親の愛情とうものがわからず、なぜか赤ん坊に執着してしまう。その何かがほしいけど欠けているかんじが胸をうつ。エンディングもこれから彼の人生がどうなっていくのか気になって仕方がない。そんな想像を掻き立てる傑作映画でした。

戦争なんてお笑い草『ジョン・レノンの 僕の戦争』

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冷蔵庫にいつ買ったかわからない食品が乾物と化しているときってあるよね。 でそんな感じで、もはや何時頃入手したかもわからないDVDがあったりシます。  『ジョン・レノンの 僕の戦争』 ジョン・レノンが脇役で出てるので、タイトルにねじ込まれてしまった、それくらいしか注目度のない感じの作品かなと。 でもリチャード・レスター監督作。どこか気の抜けたボケたおしのコメディとしてはそこそこ面白いです。 第二次世界大戦を舞台に、新兵の主人公がいろんな珍事に出くわすといった内容。 お笑い要素はゆるい感じのものが多いです。部隊のなかに何故か全身緑色のグリーンアーミーメンの格好をしたやつがいて、「顔色悪いな大丈夫か」とか言われてたりする。 登場人物が、いちいち観客に向かって皮肉っぽいこと口走ったりするけど、これはコメディ要素というより、みんながみんな内心馬鹿らしいと思って戦争に参加している感じがしてくる。 ラストシーンは、不意に感動してしまった。例によってバカバカしい場面で、ナチスの隊長が橋を爆破しようとしているところに、捕虜になった主人公が説得にくる。すると橋を買い取ったら爆破シないといいだして、値切り交渉にはいる。 聞いてるだけで悪ふざけなのだけど、オチが物悲しくてうるっときた。交渉成立して、主人公がナチ式敬礼して、相手は英軍式敬礼で返してくれる。なんだか戦場での敵味方を超えてちょっと理解できたような雰囲気があった。そして橋の爆破は防がれ、そこからイギリス軍の援軍が来て、そのナチ隊長は戦車に轢き殺されるというひどすぎるオチ。ブラックユーモアといえばそれまで。だけど、わかり合えたとおもった敵があっけなく死んでしまう、戦争映画の堅実な場面として感動してしまった。

謎日課、たとえ力を鍛える「不甲斐ない」

わけの分からぬ鍛錬であっても、続けることによって胆力が培われたりするもんです。 つまり、コレに意味があるかはわからないってことです。 で、 不甲斐ない 1.ドラフト一位指名で翌月二軍落ちみたいな 2.江戸から続く老舗が、若手社長に交代して即崩壊 3.セガールが中盤で死亡する映画みたい 4.大人買いしたデッキで子供に敗北する 5.スマーフィングでフルボッコにされる 6.意気揚々と上京して近況報告もできないくらいの現状 7.選挙前と選挙後の言動の落差 8.親戚にハゲがいないが口癖だった友人の涼し気な密度 日頃不甲斐ないとか言わないしね。大上段に構えてポッキリ折れるイメージではあります。しかれど、私の日常の不甲斐なさに比べたらね、面白げなところにとどめておく感じがつかめていないです。

謎日課、たとえ力を鍛える「強大な」

生き馬の目を抜くやうな現代においては、すべての能力に素早さがまさる。 なにごともさっさと済ませなくては、出遅れてしまう。あとは一面に生き馬の目が転がっている景色が広がり呆然と立ちすくむしかない。 ってこと、瞬発的に思いつけるか、10こひねり出すのでなく、時間制限でやってみよう。 1.挨拶回りしか能が無い田舎政治家の権力くらい 2.人権を犠牲に国力を伸ばすあちらさんくらい 3.ロボットアニメの打ち切りが決まった終盤に出てくる敵キャラくらい 4.カラータイマーがなり始めたあとのウルトラマンくらい 5.病気の子供と約束した大リーガーくらい 6.こどものおもちゃの如く軍隊を扱う参謀のごとく 7.叩き上げの社員たちがささえる会社とあっても結局血縁役員の一声とあっては 5分で、7こ。そもそもわたしの中には強大な要素がないので起点となる発想もあやふや。強大な権力なのか、軍事力なのかでイメージも変わってくる。なんか文章としてもなかなか繋がりそうにないし。でももうちょっと頑張れば10こまで行けそうな気がする。

謎日課、たとえ力を鍛える「くさくさ」

 日課といいながら毎日はできていない。しかれど、数日に何度かやる感じの習慣はなんと呼べばいいのか。 って描いてて思ったけどそれは単に習慣で良いのではないだろうか。 それくらい言語に惑うているところです。 1.自販機で小銭が受け付けてもらえないときのように 2.WebアンケートでOKと間違えてクリアを選択シてしまったときのように 3.レジで端数計算を間違えて、店員さんと気まずい空気になったときのように 4.ひき肉を炒めてたら、ほとんど油として溶け出して量が半分以下になったとき 5.いつも遅刻してくる友人に自分の遅刻を咎められたとき 6.カレーの美味しい店と言われドライカレー専門店を紹介されたとき 7.信号待ち3分後に押しボタン式と気づいたとき 8.コピー機に取り残された前の人の資料を持ってたら、泥棒を観るような目で取り返されたとき 9.コンビニおにぎりを開けたら捨て置くには惜しいくらいに海苔が持っていかれたとき 10.スーパーで明らかに売り場が違う商品が棚に置かれてるのを見たとき。 みたいにくさくさするって発想のつもりだったけど、結局くさくさするときーって感じになってしまった。しかし、それは共感生むような言い回しを目指すとあるあるからは逃れられないということなのかもしれない。

たった一本だけの監督作『明日、君がいない』

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日々生きづらい要素を見つけることに糧を見出している気もしてきました。 そんな生きづれぇ学園を舞台にした。 明日、君がいない 冒頭、生徒の誰かの自殺現場が目撃される。そして、その朝からの様子が群像劇で描かれる。 一体誰が 普段の学校生活をドキュメンタリっくに切り取った作品で、エレファントみたいだなと思おていたら、どうやら参考にして撮ったらしい。 いろいろな悩みが描かれ、おのおのの人生観などが見えてくる堅実ドラマ。 で、この映画はけっこう前のものだけど監督の作品はコレ一本だけ。どうやら、自殺してしまった友人のために撮った映画らしいです。映画が撮りたかったわけではなく、コレが作りたかっただけだと。 デビュー作で、そこそこ複雑な群像劇を完成させているのだからなかなかの手腕だし将来性も見込めたと思う。出演した役者の中にはハリウッドに進出した人もいるし、映画自体もそれなりに評価され話題にもなった。それなのに、監督はその後は一切活動していない。不思議な才能の使い方をする人もいたものだと。でも目的はこの映画一本だったということなんだろう。才能ある人の頭はわからないと言うか、才覚と言うより友人への思いがこれだけの作品を生んだということなんだろうか。 

謎日課、たとえ力を鍛える「やさしい」

ランダムに言葉を選んでるけど、ちゃんと使えるシチュエーションを想定しないとあまり応用力は身につかいないように思い始めました。 1.まるで宝くじがあたった直後の自称友人のように 2.おそらく取り立てのときには掌返すことが予想される金貸しのように 3.失った我が子を重ね合わせてるのかと思われう老夫婦のように 4.受験の落ちた直後の扱いのように 5.ファミコン時代のストイックさはどこへやらスマホ時代に合わせた難易度くらい 6.診断結果を告げるお医者さんの口調が妙に 7.傀儡政権を維持しようとする大臣のおべんちゃらのように 8.いつも公園にいるおばさんが抱いているボロボロのぬいぐるみを撫でる手付きのように 9.バファリンの半分程度 やさしさといのは日常頻出されるような言葉かと思います。でもなんだか変なニュアンスが湧いて出る。たとえは伝わらないと意味無いのにね。

良かれ悪かれ時代は変わる『ブラス!』

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世間がしんみりしているなかしんみりした映画でも ブラス! 原題の Brassed Offはうんざりって意味らしいです。 何がうんざりか、90年代のイギリスで炭鉱が閉鎖に追い込まれている。鉱山中心に成り立った街では、仕事がなくなると居場所自体が消滅しかねない、会社はそれをしってかしらずか、数字のことしか考えてない。そんな中、街のブラスバンド部が全国大会に出場する。 これがねー、大会優勝するとある程度賞金ももらえるんですが、それで生活が立て直せるわけでもない。たとえ炭鉱が存続されても石炭消費は減る一方、もうどう考えても街の行く末は決まっていて、遅いか早いか、とにかく街はどんより、イギリスの空模様のごとく曇り渡っているわけです。 映画も別に美談にはしておらず、せめて続けてきた音楽を華々しくと覚悟を決めている人々の顔を写しているような。 「覚えておいてくれ、ドードー鳥に炭鉱夫」皮肉っぽいジョークが悲しい。 いい映画ですよホントに。

子供のトラウマに最適『Return to Oz』

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積み映画消化の日々。 『OZ』 です。 オズの魔法使の続編、のような、関係ないような。 原作の続編を映画化ってのが正しいみたいです。 オズの魔法使は魔法の国に行って冒険してワクワクドキドキ、教訓もありと寝物語としては完璧な昨日だと思っていたのですが 今回は、なんか夢をぶち壊すのが目的としか思えない作りです。 導入からしてひどい。 ドロシーは、オズの魔法の国での体験を周囲に話しても信じてもらえず、夢見がちな少女と見られている。そして、毎日寝ようとしても魔法の国のことばかり考えてしまって眠れない。 そこで、 電気治療のために精神病院へ。 ジャック・ニコルソンがビリビリされちゃう映画みたいになってきたよ。 そして、嵐の中病院を脱出して川に流されたと思ったら魔法の国へ。 いやー前段階の説明があれだったので、コレもなにかの妄想かと思えてきます。確かに前作も、LSD文化的に言及されることもなくはない極彩色の世界だったわけで 今回は、どっちかっていうと、彩度低めどんよりした絵作りで、幻覚というより、明確にダウナーな悪夢を見せられているかのよう。 出てくるキャラもちょっと怖いのが多いし、味方なのに、鹿のクビ(ハンティングトリフィー)が喋ってたりとどうにも悪い夢を見ているみたい。 ただし、映画として魅力的なのはむしろそこで、美術が画面の隅々まで作り込まれていて、見ていて飽きない。ストップモーションとアニマトロニクスを駆使して生き生きとクリーチャーが動いているのを観るだけで楽しい。 ぜひ、お子さんが風邪を引いたときにでも見せて上げたら一生モノの思い出となるはずです。 ソフトはレアだけど、たしかディズニープラスにあったはず。

いい話だなー中央値『モーツアルトとクジラ』

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 進んで映画をみるというより、積んであるものを消化するようなシフトに入っております。唯一の趣味も能動的にできないのは弱っている証拠ではありますが、何もしないよりはましなのです。 で、『モーツアルトとクジラ』 アスペルガー症候群の青年と、自閉症の女性のラブストーリー こう言っては悪いですが、イイハナシダナーという枠の中にぴっちりと収まってはみ出ない感じがなんとも記憶に残らない印象に。 主人公はアスペルガー症候群で人と関わるのが苦手、数学が好きで数字に逃げ込むようなことが多々あったけど、彼女と出会って親密に、時折二人の傷が関係をややこしくするけど、周囲の応援もあって一層絆を深めた。 ぱっと予想できる内容通りだし、ちょっとジョシュ・ハートネットと、ラダ・ミッチェルが美男美女過ぎて、おきれいにスポイルされたものをみている気がしてしまったなかなぁ 悪い話じゃないのだけど、きれいな話すぎるのも鼻白む所はあるもので。

謎日課、たとえ力を鍛える「おおっぴら」

 やる気はなくても、取り掛かるうちに何かが湧いてくるのが脳科学的にも正しいらしいですよ。 今回は「おおっぴら」 普段から使わないしなこんなの。 1.もはや事務所を辞める気でいるアイドルの逢引みたいに。 2.機密保持期間空けの極秘資料くらいに 3.息子の気持ちも知らないで、私達進歩的な夫婦なんですとアピールしている両親の男女関係くらい だめだ10子も出てきそうにない。 4.長年のパワハラに鬱憤をためた秘書が議員のスキャンダルを暴露するように 5.端から成功すると思い込んでいるプロポーズフラッシュモブくらい 6.バレなきゃいいんだよが口癖だった、食品偽装会社の社長の顛末のように 7.食べ放題のお店にはタッパーを携帯してくる吉岡くんちのお母さんのように 8.制度を活用しているだけですとのたまう地方の事業支援金を回す会社のように 9.集団の声を代表しているといいながら悪口をぶつコメンテーターのように 10.もはや私の人生が好転などしないのがだれの目にも明らかなように 最近おおっぴらしてないので、いかんせん語彙としても使いようないし、なんかスキャンダル方面で発想が偏っているの

笑っちゃいけないお笑い草『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』

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 遅まきながら赤軍ブーム来たるということで、突入を見たのでこちらも。 いやね、笑っちゃいけないけどほんとに爆笑してしまいました。 内容としては、革命の方向性もあやふやなまま逃亡生活に入って、参加者全員の思想が一致してるかも怪しい中、何かを信じて戦闘訓練をするという。そしてそのうち疑心暗鬼になってリンチが始まる。 笑ったところは、彼らがいう「総括」どうやら共産主義の思想を体現して、自分の行いを省みる的なことだとは思うのですが、劇中の人物たちもいまいちわかってない様子だし、リーダーの物言いもじわじわとずれていって説得力がない。 「自らの行いを総括しろ!」 「どう総括していいかわかりません」 までならまだ笑いを堪えられたんですが、どんどんと概念化が進んでいき、いわゆる空気を読む的なレベルまでノリとかして行くともうわからない。 「総括が足りない!」 なんかなんとか還元水とか、水素の音とか、ネットミームのなにかなのかと思える。 そして私の中でのハイライト 進んで前に出なかったやつが恐る恐るリンチに参加して 「な、総括しよ」 笑うしかない。 でも、これらのお笑い草って日本だなーって感じもしますね。 あれをあれしてこう。くらいの感じで世の中回ってる感じが。 革命を志してもそういった根本は悲しいくらいに日本人だったってことですかね。

まだサービス精神の残る原田眞人『突入せよ!「あさま山荘」事件』

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 そういえば見ていなかった映画シリーズ って心残りだったわけでもなく、見放題終了間際にみたよ。 面白い。 原田眞人監督の最近の作品は、リアリティのためにホスピタリティをトレードオフしている帰来があって、聞き取れないセリフで登場人物たちが感情任せに振る舞って、雰囲気だけしかつかめないってのが多い気がします。 でも本作は、ギリギリ説明が頭に入ってくる忙しなさで、なんとかついていけた。 合間合間に気の抜けたゆるめのシーンが有るのも嬉しい。 警察側しか描いていないって意見もあるようだけど、むしろ個々まで赤軍の顔さえ見えないのは、不公平な作品として誠実なのではないかなと思います。 やっぱ役所広司は良いですねぇ