グリットを鍛える「自分が最高の状態にあった時あなたの強みはどのような形で発揮されていただろう」

 さて、意志力を鍛えるために自分の資質と向き合うよう促されているわけですが、そもそも見つめ直す自己がないというのが問題なのかなと。


最高潮の自分の強み


ねぇ


謙虚でもなく、後ろ向きな捉え方をしているのでもなく、本当に覚えがない。

幼少の自分より、常からに自分に甘く、しかもその甘々のままでなんとかなっていたという運の良さも相まって、人生のすべてが手抜きでなんとかなっていた。

で、自身のポテンシャルを発揮する機会などなかったわけだ。

これを前向きにとらえると、あまりに基礎能力が高くてそれを活かす必要さえないということなのか。

なんてこともなく至って普通の無能なわけで、どうにも自身を掘り下げても、なんの鉱脈も見つからず、砂が手からこぼれ落ちていくのを眺めるばかり。

現実的な前向きさを身につけるべく、本を読み、自分を見つめ直しておるのだが、まったくもって全身がなく、大した闇さえもない薄ぼんやりしたモヤを眺めるに過ぎない。

後ろ向きも磨けば哲学になるものだが、私はただ世俗をやっかむ程度の薄灰色。どうにも利用価値はないように思う。


そんなわかりきったことを確認しても無意味なので、ポジティブな解釈でもこじつけておこう。

私の最高潮はまだ未知数だ。

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