このままでいいとは思っていない。とはいえ、どうなりたかもわからない。それが問題だ。


未来の理想の自分像とはどのようなものだろう


そう問われて見ても、そこがしっかりと思い浮かぶのであれば、ここまで人生が停滞していないのではないだろうか。

漠然と、今よりも行動力があればと思って入る。そこを掘り下げようと思っても、いまの行動力のなさがあしを引っ張り、以降に答えへと導いてはくれない。

と、いつもの言い訳モードに浸っていては意味のない人生の意味のない時間を念押しするだけの意味のない文章になってしまう。

具体的に、私の思い浮かぶ行動力とは、いまの活動もそうだけど、特に有用とは思えなくても、続けていることだとか、ただただ積み重ねることに心地よさを覚える習慣だかそういったもの堅実にこなしていく持続力。

あとは、取り入れたいと思った新要素をためらいなく試行できる身軽さ。といったところか。ただこれも漠然としている。ある程度、自己に確信がある人ならその程度でも行動に移せるのだろうが、いかんせん私は自己への疑念が自我を勝っているところがあるために行動できない。行動が信じられないから行動できないトートロジーに迷い込んでしまっている。

いろいろと脳科学のセンセーなども行っているように、そもそも、「着手するためのやる気」など存在せず「持続させるやる気」だけがあるそうなので、もはや自分を信じて挑戦するなどということこそ脳科学的には正しくないわけだ。

で、今の所、第一歩の理想としては、自分を信じないまま、あたかも未来があるかのように一歩踏み出す、というのが思い浮かべるべき姿かもしれない。