自分の感性を持ち寄れないと、感動までは達せないかな『クライマックス』

感覚で楽しむ映画を楽しめるほどの情緒を持ち合わせてはいない。


高評価されている作品を貶したいのではなく、それがわからぬ自身の感受性についてちょっと考えていみたいと思います。

さて、本作はダンサーたちがパーティーをしていたら、飲み物にドラッグが混ざっていたようで、ハイになったり混乱をきたしたりで徐々にカオスになっていくスリラー。

で、ダンサーたちの体技とか、長回しのシークエンスとか、客観的な見せ場は多数あるので退屈はしません。

しかし、集中すべき物語はあまりないというか、日常会話から見えてる人となりくらいで、人物たちの抱える問題とか、乗り越えるべき葛藤とかは示されません。そのため修羅場を過ぎたあと何が残ったのかは想像に任されているように感じました。


肌感覚で、人物たちの闇と共感して、それの開放を味わえたら、よりより鑑賞体験になるのかな。

でも私にはそういった情緒を持ち寄ることは出来ず、全てを映画に提供してほしいと思っている帰来があるので、なにか物足りない印象を受ける。

たとえば、シングルマザーの子供と、主役女性の過去を重ね合わせてトラウマを乗り越えるとかね。
手垢まみれで、そのうち形を成して鬼退治でも行きそうなレベルですけども。
それくらいべたな話がないと、自分の感情を乗せていくことが出来なかったりもするんです。
冥土への一里を踏んでいくばかりで、ろくに人生経験がないとそんな人間が出来上がったりするもんですよ。
さあ、ディズニー製作の映画でも見ましょうかね。


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