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12月, 2021の投稿を表示しています

説得力皆無「1日5分! 大人の発達障害を科学的に改善するビジョントレーニング」

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楽に人生変わるならそれに越したことはない。 ということで、一日5分で人生変わりそうな本をセレクト。 は? なんだこれ。 著者の来歴からしてふわふわしている。 「早稲田大学を卒業後、ビジョントレーナーとして活動」 もはや何も言っていないレベルの経歴。これは身構えて読み進めなくては。 それで、肝心の内容は こっちはもっとふわふわしている。 「目の周りの外眼筋のクセや緊張によって、視機能の影響が出る。」 そりゃまあ納得できる。 「その認識のせいで、発達障害のような症状が出る」 へーそうなんだー。 空間の把握が何だとか、のたまっていはいるけど、論文や研究の例などが一切出てこない。こんな本を信じる人なんているのか。 参考文献リストさえもなく、書かれていることすべてが根拠不明。 まあそれは著者の信条なのかもしれない。 私はビジョントレーナーとして「発達障害は脳の障害ではなく、運動の質と量の低下、そして環境の変化が発達の隔たりを生んだ結果」というふうに捉えている との一文、なぜそういう考えに至ったかの流れも不明なので、ほらなんかのフィーリング何じゃないのかな。 その上、もし内容を信頼したとしても、本として出来が悪い。 ビジョントレーニングの導入というのが 19ページのチェック表で傾向を確認 間に根拠は示さない理屈を挟んで 88ページのチェックでクセを理解 エクササイズなのかチェックなのかもわからない説明。 トレーニング説明とトレーニグのチェック項目 説明とチェック項目に間があるので、非常に確認しづらい。 といった流れで、まとまりが悪い。 なぞの肩書、ビジョントレーナー。いまはトレーナー育成にも励んでいる。 なんか、気功の伝授みたいなふんわり感。

文章術ベスト盤「文章術のベストセラー100冊のポイントを1冊にまとめてみた」

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 結局の所、最短でスキルを身に着けたい。マトリックスのインストールみたいに。 ってことで、安易さはわかりつつも、その分簡易的に読めそうな本を読んだ。 「文章術のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた。 これは、そこそこ良いものだ。 一〇〇冊の書籍を参照して、一番出てくるアドバイスをランキング形式で紹介。 みんなが言ってる、押さえておいたほうが良いところをまず押さえましょうというコンセプト。べつに一〇〇冊読んだら真理が見えたとかいうものではない。 一〇〇冊に選ばれたのは、三島由紀夫からDaigoまで、Daigoが自分で文章を書いているかはさておき。あのDaigoが適当に言っていそうだけど三島由紀夫も同じこと言ってる、というのはむしろ普遍的に信頼がおけることといえよう。 ただし、それほど良書かというと疑問点も多い。文章の改善を見せるための悪い例文がわざとらしくて、理解しづらい。 一番は、エッセンスの抜き出し方がちょっと雑。 名文を読もう 名文を真似しよう と2つの項目がある。 読む方は、読むだけで、参考にもしないのか。とかいいたくなる。 もう少し企画段階で練り上げていけば、一〇〇年のこる名著にもなったろうに残念。 でも、取っ掛かりとしては及第点だと思う。 教科書とかのたまってる紙のムダの半分の値段で買えるしね。

マトリックス4と実写カウボーイビバップの共通点

社会の変化に、 いろいろ生きづらい世の中になった。 いやふと思ったけど、もともと生きづらかった。平常運転だな。 ってことで社会の変化と、女性キャラクターの話。 マトリックス4見たよ。 思い出探しの時点で、どんな出来でも面白さは保証されたようなもの。私の結論としては、ストーリーが面白かったし、エンディングが最高だった。よかった。 で、ストーリーの軸となるトリニティの描かれ方を見ていて、実写カウボーイビバップのジュリアを思い出したって話がしたい。 まず、実写カウボーイビバップの話。 原作アニメでのジュリアは、ほぼマクガフィンだった。(もちろん私見)厚みのあるキャラクターではなく、主人公スパイクの過去を象徴化した存在で、声優の演技でかろうじて人格を補っていただけ。ビシャスと合体させて、いなくなっても違和感がないくらいのキャラクターだった。 それで、実写版。これが厚みをもたせようとして失敗している。 造り手の意図としては、トロフィーヒロインから脱却して、一己のキャラクターとして自立してほしかったのだと思う。ただそれは、もともと最初からキャラクター性が画一されててこその目標だ。前述のとおりジュリアは、『自転車泥棒』の自転車のように象徴であってキャクター未満。そんな気遣いを抱く時点で解釈が間違っているように感じた。 で、マトリックス4のトリニティ。よかった。 もともと不可思議なバランスのキャラクター。救世主のネオとそれを導くモーフィアス。二人によって物語が進んでいく。そのなかの意外なツイストとして、本当の予言というものがある。トリニティの愛した人物が救世主だ、というのが真実。 傑作である一作目を何度見ても、トリニティがネオを愛する過程が弱い。物語の命運を彼女が握っているかと思いきや、結果運命だから運命というトートロジーに陥っている。三作目まで見たらさもありなんと、悪い説得力を増すのだが。 そこをもっと掘り下げたのが、今回4作目。 彼女の選択。そしてそれを受け止めるネオというストーリーになっている。 これによって、一作目での、結局ネオが救世主だったから円環的にトリニティが彼を愛した、という印象が消えて、ようやく二人だから目覚めることができた、というエンディングに到達できたように思う。 二作目、三作目を見たときの印象。やっぱ一作目のエンディングが一番。 そこから脱却した最高のエンデ

「いいかげん、いい加減」の変遷についてメモ

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 気になったから、それこそテキトーに調べた。 「いいかげん」の史的変遷について 山 本 絢 佳 より 「いい、加減」と連語とすると、適度の意味 「いいかげん」と一体になると、雑、無責任の意味合いが大きい 変化の理由は推察するしかない 無責任の意味合いも室町辺りまで遡れる 適切→十分→度を越えている、という流れではないか。 適量の意味が、その境界線を指し示すようになり、更には限度をまたいだ意味へと流れていったそうな。多分。

ただのおじさんのユーモア自慢『英語でユーモア - 「グローバル・シチズン」に不可欠な素養をどう磨く』

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 久々に最悪に近い駄本に出会ったのでご紹介。 『英語でユーモア - 「グローバル・シチズン」に不可欠な素養をどう磨く 』 フレーズの勉強がてらついでにユーモアでも学べたらと思って手にとってみたものの、中身はおじさんの自慢話を延々と聞かされるだけの本。 導入部がとにかくすごい。 「著者は若い頃にギターを片手に歌っていたこともあり…」 という、前フリも一切なく話が始まる。 話を聞いてもらうことに慣れすぎていて、聞いてもらう努力を怠っている人の語り口といった感じ。 そしてエピソード自体もひどい。 要は、俺のユーモアは一流自慢なのだが ・ギターを投資目的で買っているギターショップの知人がいる。 ・彼にユーモアを交えて、ギター会社倒産のニュースを伝えた。(ギターの値が上がる朗報) ・爆笑を勝ち取りギターの弦をサービスしてもらった。 会話の構成自体がおかしい。ギブソンのギターを投機目的で購入しているのに、倒産のニュースが初耳みたいなリアクション。 嘘話でないとすると、これは完全に、お客さんの話にノッてあげてるだけの感じのいい店員の話。しかも常連だから弦をサービスしてもらっただけだろうに、なにかユーモアで勝ち得たような自慢話に味付けされている。 前編こんな感じで、著者の勘所のずれた自慢話が続いていく。 ただ読んで良い発見があった。 ユーモアは一人で成立するわけではないということだ。その場にいる人たちがいい空気を作ろうとして、また自分も楽しもうという気概でジョークにのっかってくれる。日本的な愛想笑いも一種の場のユーモアとして機能しているのではないか。 そういったいい雰囲気の話を、全部自分の功績として話すので、全編感じが悪い。 多少の豆知識は摂取できるかもしれないが、付け合せ程度。メインディッシュのおじさんの自慢話で胃もたれして到底割に合わない。

謎日課、たとえ力を鍛える「言い逃れ」

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 いじめを放置してた教育委員会みたいな 血まみれでガラスを割ってないとか言い張るくらい 口の周りチョコまみれで食べてないとかいう 脱税のときの茂木健一郎くらい 横領を政治問題にすげ替えようとする会見 全く発想として出てこない。時事ネタに詳しければバリエーションも増やせそうだけど、そもそも応用する機会は少なそうだ

ビートたけしを存命中に追悼する映画『浅草キッド』

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  それなりのいい映画。 導入部の時間制っていがガタガタしていたり、いまいちテーマが絞られていない感はあるけれど、題材に対する敬意の感じられるいい映画だった。 ビートたけしのお笑い論を入れ込むかと思いきや、どちらかというと師匠から受け継いだマインドを表現していると感じる。 特に、楽屋の仲間内でのボケ合い、居酒屋の客たちを笑わせようと師匠と張り合うところとか。その場その時間でみんなで楽しく過ごすという普遍的な快さが描かれていて感動的。 ただし、芸の原点のように描かれていて結構な尺をもっていくタップダンスが小道具程度のしかなってないのは残念。笑いのタイミングや、ビートと命名していくところと絡められそうなのになんだかフェードアウトしていくような要素だった。 ラストシーンは映画としては駄目といえば駄目な場面だと思う。現在のビートたけしが師匠のように落ちぶれていくわけでもないし、別に昔を懐かしむきっかけもないし、それなのにあのラスト。 しかし、これが完璧なエンディングになる時期が来る。 おそらくだが、監督も、それを見越して作ったラストシーンなのではないかと思われる。 不謹慎な見方だけど、スターの晩年を描く映画としてのいち要素が追いついてくることをわかった上でのストーリーなのかもしれない。 そうすると、昔を懐かしむきっかけがよくわからないという要素も、死期を悟ったという見方に変わり、物語全体が説得力を増していく。 まあ、ビートたけしの話術の基礎は不謹慎から成り立っているので、存命中に追悼するギャグとしてもなかなかに面白いかもしれない。 監督 劇団ひとり 原作 ビートたけし 脚本 劇団ひとり エグゼクティブプロデューサー 高橋信一 プロデューサー 有重陽一 深津智男 企画協力 秋元康 撮影 高木風太 照明 市川徳充 録音 池田雅樹 美術 磯田典宏 衣装デザイン 宮本茉莉 ヘアメイク 佐々木弥生 編集 穗垣順之助 音楽 大間々昂 主題歌 桑田佳祐 音響効果 岡瀬晶彦 VFXスーパーバイザー 牧野由典 タップダンスコレオグラファー HideboH 特殊メイク監修 JIRO 助監督 蔵方政俊 スクリプター 古谷まどか キャスティング 南谷夢 ポストプロダクションスーパーバイザー 山川健太郎 制作担当 桑原学 監督 劇団ひとり 脚本 劇団ひとり 原作 北野武(ビートたけし) 出演者 大泉

グリットを鍛える「 著名人の中で 本物のグリッドの 象徴だと思える ポジティブで励みになる人物」

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 「著名人の中で 本物のグリッドの 象徴だと思える ポジティブで励みになる人物はいるだろうか その人物の詳細をいくつかあげ どんな行動に刺激を受けて困難な目標に挑戦しようと思うのか」 先回のスポーツ選手の話題とかぶっている気がする。 著名人と言っても、どこか自分と乖離して考えてしまう。 やはり、偉業をなした人でも、ぽっと出のテレビ出演者程度でも、ある程度目的があって 行動しているので、それによって、困難を乗り越えているのだろう。私は、目標というか、「現在の自分の手触りがひどく悪い」というのが目的意識なのだが、目標としての立体感はとても曖昧だ。 どうやって、目標として彫り固めていって、小さなステップを設定しないことには、イメージとなる著名人の姿も浮かんでこない。

謎日課、たとえ力を鍛える「醜い」

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 昔話で理不尽な描写をされる 三角コーナー 子供を怖がらせるために描写がエスカレートしていく地獄の絵本 遺産争い ニュースサイトのコメント欄 Youtubeのコメント欄 バズったツイートのメンション 松の木におじやぶつけたような ネガティブワードだけど、今どき美醜に言及してもユーモアにならないような世相。 人の心のように醜さを見せる、みたいに大きなところに持っていけばいいかもね。